企画展   葛飾北斎  「冨嶽三十六景展」

     夏休みMOA美術館の浮世絵展示

フリーキユレイター     藤浦  正行


1.名作北斎 「冨嶽三十六景」

  静岡県熱海市のMOA美術館において多くの人々に知られている 「冨嶽三十六景展」が開催されている。この展覧会は夏休みという時期をとらえて、子供を対象に北斎の名作をねかりやすく解説しようとする企画と考えられる。確かに「熱海北斎まつり」と標傍して子供向けに作品の塗り絵やアダチ版画研究所の彫師や摺師の協力を得ての彫り・摺りの実演会など子供や親子連れなどを対象としたとみられるイベントが行われていたが、展示を見る限りでは解説も大人向けのものばかりで、子供向けと考えられる解説は皆無であった。

 

以前のMOA美術館の展示は、各展示室の役割が決まっていて、全十室を合わせると約二百点もの作品が展示されていた。開館当初には多数の作品を展示することによって、この美術館をより大きく見せようとする意図があった。しかしこのコレクションの総数はほぼ3500点といわれるが、そのうちには類品が少なくそのジャンルだけでは展示ができないジャンルや、作品のレベルとして主要作品のレベルに追随できない作品などがあり、さらに主要なコレクションが日本と東洋の美術品であることから常時展示できる作品に限りがあるなど、展示には様々な限界があった。したがって開館当初からコレクション内容に比して展示室が多すぎるという批判的な意見が学芸部門の担当者を中心にあった。

      


 今回の展示を見ると、最初の第一室から「冨嶽」の展示が始まり、途中に北斎の肉筆作品を挟んで、最後には広重の 「東海道五十三次」  (保永堂版)の一部が展示されていた。一階の展示室 には、仏像や仏教絵画、仏教工芸品さらに同美術館が主催する 「岡田茂吉賞」受賞作品が展示され、最後の部屋には創立者岡田茂吉翁を紹介するコーナーが設けられていた。


   「富嶽三十六景」全四十六点の展示を自らのコレクションで開催できる美術館は日本には多くない。またその多くは代表的な東京国立博物館所蔵の作品のごとく、明らかに「後摺り」と判断される作品が含まれた別々のコレクションからの寄せ集めが少なくなく、本コレクションのごとく全体がまとまった一組で、さらに代表的な 「凱風快晴」に見られるように、ほぼ初摺りと考えられる薄摺りを含む作品群は珍しい。また 「凱風快晴」  「神奈川沖波裏」  「山下白雨」三代名作が単独ケースで展示していたのは、主要作品を強調する良い方法であった。さらに 「甲州鰍澤」や 「常州牛堀」などほぼ全体が藍一色で現された作品には、本シリーズがべ口藍(ペルシャンブルー)を地色に使う初期の作品であったことが如実に示されている。こうした名作を多数含むMOA美術館の 「冨嶽」コレクションは日本国内にある一連の 「冨嶽」作品群の中でも一見に値する作品といえよう。ただ北斎肉筆画の展示中に、本コレクシヨン中の白眉である 「二美人図」が含まれていなかったことは残念でならない。


二美人図 
葛飾北斎
MOA美術館

2. MOA美術館のリニューアルオープンと本展の意味を考える

       

 MOA美術館は先日リニユーアルオープンした。バス停から上るエスカレータ一通路や中問のムア広場から望む外観は変わっていないが、中に入ると主要な通路のドアは自動ドアになり、展示室内には順路を示す表示が行われ、大きな部屋の真ん中には境を仕切る壁面が作られて対面するガラスの反射をさえぎっている。


  

最も変化したのは各展示室の壁面と展示ケースで、以前は外壁に使用されている 「インド産砂岩」の粉末を固めて少し加工した壁面が全体を覆っていたが、現在はその砂岩の壁面をオフホワイトの壁面パネルで覆い、その内側にガラスケースを埋め込んだ形になり、壁の常設ケースにある免振装置の上面には畳表が張られて、屏風などの下面が畳の上にあるような感覚になる。以前には額展示だった浮世絵版画もすべてケース内展示に切り替えられ、より見やすい展示となっている。一番の効果は展示室が狭くなり、展示スペースも全体として少なくなったために、現在のコレクション数に見合った展示が可能になったことであろう。広いレストランも外側に面した部分に箱根のオーベルジユの名店オーミラドーがテナントとして入り、懐石料理を提供していた二条新町は蕎麦処となり、花の茶屋は甘味とお茶のサービス店舗となった。また広く相模湾を見渡せるロビーの一階部分にはテーブルとイスが設置され、自由な雰囲気のカフェとなっていた。さらにレストランの内側部分にはスタジオが設定されており、今回もアダチ版画研究所の実演が行われる予定となっていた。

 

  昔の美術館をよく知る小生としては大きな変化に驚かされるとともに、昔私たちが考えていた改善点の多くが替えられたと感慨をもって見ることができた。さすがに私たちと同時期の学芸員であった内田篤呉氏が三代目の館長に就任された結果であろうと思われる。私たちが感じていた不満が、その多くの点に関して改善されたことは、内田館長が私たちと同じような感覚を持っていた人であったと感じた次第である。一番の改善点は展示室の最初から企画展示の作品が展示されている点であろう。昔は一階部分が企画展示室とされており、二階部分は常設展示室で、我々スタッフとしては毎月展示を交換していたが、見学者にとってはあまり変化が感じられなかったのであろう。そう言った感覚によって開館十周年以降入館者が減少した大きな原因だったと思われる。現在も最盛期の入館者数を回復したとは言えないものの、館内の広さに見合った入館者がいて、適度な賑わいが感じられたのである。今後も様々な新しい企画を考えて、観光地にある美術館らしい特徴を見せてほしい。と期待している。