江戸の琳派芸術
出光美術館
実践女子大学 教授 仲町啓子


  17世紀はじめの京都を舞台として生み出された琳派の芸術を、19世紀前半の江戸(現在の東京)で再興・発展させた酒井抱一(1761-1828)や鈴木其一ら(1796-1858)の流れを、今日では〈江戸琳派〉と呼ぶ人も多い。今秋、東京の出光美術館で開催されている「江戸の琳派芸術」展は、まさにそうした〈江戸琳派〉に焦点を当てた展覧会である。富裕な町人や公家らによってはぐくまれた「雅」でかつ豪華な京都の琳派を、武家出身の粋人である抱一や庶民的な其一がどのように受け継いだかが、見どころのひとつである。本展覧会はほとんど出光コレクションのみで構成されているが、にもかかわらず〈江戸琳派〉の特色とも言える要素がかなり網羅されているので、以下、いくつかの話題に沿って、それらを探ってみよう。

  
八橋図屏風
酒井抱一
出光美術館

光琳画の継承

  本展の第1章は「光琳へのまなざし」と題されて、光琳画を基とした抱一画が展示されている。《八橋図屏風》と《風神雷神図屏風》は光琳の同名の作品(前者はニューヨーク・メトロポリタン美術館蔵、後者は東京国立博物館蔵)をもととした作品である。しかし、逐一模写するのではなく、いくつかの改変を加えている。彩色や細部の描写の他、《八橋図屏風》では、紙地を絹地にして金箔のトーンを和らげている点が特筆される。会場には、抱一が編んだ光琳画集とも呼べる『光琳百図』も展示されていて、光琳画の継承と展開が、それとの比較からも伺えるようになっている。

  
風神雷神図屏風
酒井抱一
出光美術館

金と銀

  俵屋宗達(生没年不詳)や尾形光琳(1658-1716)らの京都の琳派の金屏風に対して、抱一は銀屏風に素晴らしい作品を残した。この銀の控えめな輝きに、化政期を生きた抱一の美意識が窺える。銀箔が酸化して黒変するのを何らかの処理によって食い止めることに成功した抱一の銀屏風は、制作当初の様子をかなり良く伝えている。しかも、表が金屏風、裏が銀屏風という豪華な趣向も、抱一ならではのものである。代表的なものに、光琳の《風神雷神図》(金)の裏に、抱一が《夏秋草図》(銀)を描いた屏風(現在は表裏が別々に表装され、ともに東京国立博物館蔵)がある。今回の展覧会に出品されている、《四季草花図》金屏風と《波図》銀屏風が表裏をなす雛屏風は、小さいながらも至極の逸品である。表裏が別々にされずにそのままの状態で残っている、現存唯一の抱一作品という点でも貴重である。なお、《紅白梅図屏風》(銀屏風)も、何らかの金屏風の裏屏風であった可能性もある。


雨と風

 抱一の代表作《夏秋草図屏風》(東京国立博物館蔵)が、単なる草花図ではなく、雨に打たれた夏草、風に吹かれる秋草を描いていることはつとに有名である。抱一は自然現象のなかで草花を捉えようとした。その《夏秋草図屏風》の下絵を、屏風に仕立てたものが展示されている。面白いのは、下絵が本絵とはやや異なった表現になっている点である。特に風に吹かれる秋草の隻では、本絵にはない、張りのある描線の動きによって、「風」が見事に表現されている。


夏秋草図屏風
酒井抱一
重要文化財
東京国立美術館

小さな生き物

 宗達や光琳の草花図屏風には、昆虫や小鳥などが登場することはまずない。抱一の《燕子花図屏風》(1801年)には糸トンボが、其一の《秋草図屏風》にはコオロギやバッタが登場している。それらは画面に現実感や季節感を添えるとともに、構図的には緊張感を生み出すのに貢献している。


吉原と浮世絵

 20歳代の抱一は狂歌を好み、浮世絵を描き、大田南畝(1749-1823)らとも交遊し、江戸の市井文化に親しんだ。そうした時代の抱一の様子を伝えるのが《遊女と禿図》(1787年)である。花扇の外出姿を描いたその浮世絵には、花扇自らが大田南畝の狂詩を書写している。遊女像というと派手な衣裳を身にまとったものが多いが、抱一画にはけばけばしさはなく、また遊女の賛を伴っている点でも、浮世絵師が描いた遊女像とは異なっている。吉原の遊びにも精通した抱一ならではの表現と言えよう。


描表装

 描表装とは、布で表装する代わりに、表装部分まで描いたものである。古くは仏画に例が見られるが、抱一・其一らの江戸琳派画家は、《三十六歌仙図》のような一般的な鑑賞画にも応用した。装飾がやや過剰気味になる幕末期の趣味が反映した趣向である。


デザイン的な構成

 其一の《桜・楓図屏風》は、緑の楓と薄桃色の桜を対比した、斬新な構成を見せている。それは情趣的な花鳥画の伝統とは別れを告げて、近代的な造形へと一歩踏み出そうとする幕末期の画家の野心的な試みとも呼べる。



  これほどひとつの館で〈江戸琳派〉の優品を備えている美術館は他にない。もう少しその魅力を前面に出すように、章立てに工夫が欲しかったようにも思われるが、見応えのある作品が並んでいることは確かである。